私には肩書きは何もないのです。
学歴もキャリアもなく、何のとりえもなく、生きるのは辛いことだと思いながら人生を送ってきました。
◆アメリカでの生活
1993年から1998年までアメリカで暮らし、このアメリカ生活が私の人生を変えました。
アメリカ生活の前半は、英語がわからず、異文化に戸惑い、治安の悪いアメリカで小さな3人の息子を抱えて怯えながら暮らしていました。
子供が連れ去られる悪夢にうなされ、鬱病になり、キッチンドリンカーになり・・・。
あるとき、東側諸国からの難民のおばあさんと話す機会がありました。
彼女は自国ではお医者さんだったのですが、アメリカでは貧しい暮らしをしていました。
でも、彼女は、「この国は、安全だから、命の危険がないから」と微笑みました。
私は自分がとても小さく恥ずかしく思えました。
"生きていること、命があること"に感謝したことがない自分が情けなくなりました。
心の小さな突破口を見つけると、
不思議と自分の周りが変化しはじめます。
◆レイキとの出会い
レイキとの出会いもその一つでした。
ふと立ち寄った本屋さんで、「霊気」と漢字で書いてある本を見つけ、何となく手を伸ばして読んでみると、霊気が大正時代に日本で生まれた手当て療法であることが書いてありました。
"宇宙のエネルギーを受け取って、手から流す・・・"
「これって、私が自己流でやっているハンドヒーリングに似ている」と、その時はそう思っただけでした。
その後すぐ、レイキを教えている先生に出会うことになりました。
それも、同じ日に二人の先生に出会い、なぜか二人から同時にレイキを学ぶことになりました。
そのうちの一人である Chase Carroll 氏は私の生涯の師で、彼から今の私が生まれたといっても過言ではありません。
私の精神性の確立、精神世界への案内役でした。
もう一人の先生は、Adrienne N Cobb という若い女性で、彼女は若いながらも Center for Health Resources というニューエイジセンターのマネージャー(責任者)をしていました。
初めて会った時、彼女は私に、彼女のニューエイジセンターで瞑想のクラスを持たないかと言いました。
そのときの私は、英語もろくに喋れず瞑想もしたことがありませんでした。
それを知っていて彼女は真剣な顔で、「私がスポンサーになるから、瞑想教室をやってみたら」というのです。
わけがわからず、私が笑ってごまかそうとすると何度も「真剣なのよ」と言います。
彼女は、「あなたには観音様やマリアさまなどたくさんのスピリチュアルガイドがついている。あなたには瞑想やレイキやエンジェルヒーリング、ヨガのような柔らかなエネルギーを伝える仕事をして欲しい」というのです。
できるはずがないので断ると、今度はレイキヒーラーとしての仕事を紹介してくれるというのです。
まだ、これからレイキのセミナーを受ける私に、仕事紹介???わけがわからずにいると、「私がトレーニングするから大丈夫」と笑顔で言い、早速、相手先に電話をしてトレーニングが済んだらヒーラーとして仕事ができるように決めてしまいました。
◆ヒーラーとして
よくわからないまま、彼女のレイキのクラスに毎週参加してヒーリングの練習を始めました。
ここでのトレーニングは、私のヒーラーとしての感性を育ててくれました。
結局、個人的な理由でその仕事をする機会はありませんでしたが、彼女が私から何かを感じ、私の道を示してくれたのだと思います。
そしてそれは、日本に戻って、ヒーラーとしてやってみようと決心したときの大きな支えになりました。
私には何もないけれど、
今までの人生の中でいろいろな経験をし、
痛みも苦しみも体験し、
たくさん泣いて、たくさん怒った私だから、
少しは人の気持ちがわかるかもしれない。
必要としてくださる方がいるかもしれない。
ただ、ここにいよう。
ここに来てくださる方のために
心を開いて、笑顔でここにいよう。
これが私のヒーラーとしての心と姿勢です。
いつまでも、初心を忘れず、クリアな宇宙のチャネルとして、私にできることの全力を尽くしたいと思っています。
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